真っ白なVTと大阪のヤンキー


またアルバイト先を巡る思い出にお付き合いの程。

その店は一応大阪では大手のファミリーレストランが展開しているチェーン店だったのだが、深夜の時間帯には常連客が何人かいて、そのうち何人かは僕達アルバイト学生とも軽口を叩くくらいの仲にはなっていた。

今急に思い出したが、そんな常連の中に近くのパチンコ屋が閉まると毎日のようにやってくるパチプロのオバサンがいて、僕はどういうわけだがそのオバサンにたいそう気に入られ「兄ちゃん大学出たら私がやる居酒屋の店長にしたるわ」と熱心に誘われ、「給料はこのくらい出すし・・」と具体的な条件提示すら受けていた。


あのオバサンの誘いに乗っていたら今の僕はないわけで、人生というのは分からない・・・って言うか普通はそんな誘いに乗らないのが常識人というものだろうが。

オバサンの話はまあよい。

さて、そんな常連達の中にバイト仲間から「MR2」と呼ばれている僕等と同年輩の若者がいた。

あだ名の通り彼はMR2に乗っていたわけだが、25年後の今思い返してみても安易な命名だと言わざるを得ない。

MR2クンは、とても気さくなヤツだったのでバイト連中とも大体親しかった。


そして彼は深夜バイトの女子大生Mさんのファンであることを隠そうとしていなかった。


普通は客があからさまにバイトの女の子狙いだと店のバイト連中からは煙たがられるものなのだが、彼の場合はあまりそういうことがなく、それが彼の人柄を表していたと言ってもいいだろう。

そんなある晩のこと。

僕は基本的にキッチンの担当だったんだけど、その時は人手が足りなかったのだろう。
ホールで酒や料理を運んだりしていた。


座敷の奥の方で友達同士で飲んでいたMR2クンのところに料理を運ぶと彼に声をかけられた。

「なぁ。表のRZって自分のなん?」

通勤に使っている僕のオートバイのことを言っているらしい。

「うん。そうオレのだよ」

「へー。オレもバイク乗んねん。今度一緒にツーリング行けへんか?」

「ああ。いいね。行こうよ」


僕はまだ中型免許を取ってそれほど時間も経っておらず、中古で買った84年式のRZ250Rに乗ってさえいれば幸せな時期だったので、相手が誰であろうとツーリングの誘いに一も二もなく乗った。


しかし本名も知らないような相手とツーリングに行くことをごく自然に受け止めたのは、彼の性格と、大阪という土地柄と、そして何よりも僕達の若さ故だっただろう。

僕達はその場で、日にちと集合時間を決めた。
行き先は僕が考えることになった。


結局MR2クンの本名も連絡先も知らないままに当日の朝集合場所へ行くと、そこにはタンクを真っ白に塗り替えたシングルシートにセパハン仕様の若干下品なVT250Fが停まっていた。


文字にするとカフェレーサー風にも思えるが、何というかこう・・・にじみ出る下品さ・・・というものが隠しきれていない・・・そんなVTだった(笑)。


そんな僕の感想にお構いなく、MR2クンは「ヨオ!」と笑っていた。

一応プランニングは僕がしたので、行きは僕が先導した。

僕もオートバイでは初めて行くところだったが、以前山登りで訪れた時にススキ野原の景色の素晴らしさに感動した草原で、ぜひ今度はオートバイで行ってみたい・・と思っていた場所だった。

天気も良く、平日なので道も空いていて、僕等は予定通り目的の草原に着いた。

僕はコーヒーを沸かす道具一式を持ってきたので、そこでコーヒーを入れて飲みながらポツリ・ポツリとそれ程多くは無い共通の話題を捜しながら話した。

MR2クンは遠くを見つめながらボソッとこう聞いてきた。

「なぁ・・・Mさんって彼氏おんの?」

僕は内心「キタキタキタ」と思ったが、「さぁなぁ?今はおれへんのんと違うかなぁ?」と答えた。


実際Mさんはバイト先では人気の女の子だったが、特定の彼氏と呼べる存在がいないことだけは確かだった。
彼女は放送関係の学科に通っていて、男の子のことよりも、自分の職業的な夢の実現の方を優先していたように感じられた。

いつだって女の子の方がずっと現実的で、ちょっとだけ大人だ。

「そうか・・」と答えたMR2クンの横顔を見つめながら、僕は彼のMさんに対する思いというのは、僕等バイト連中が想像していたよりも遥かに真剣なものなんじゃないのか?という思いに捉われてハッとした。

それから僕達はコーヒーをすすりながら、色々な話をした。僕のどうにもにっちもさっちもいかない恋愛話もちょっとだけしたかもしれない。

「もう道憶えたから」と帰路はMR2クンが先導をした。


その走りっぷりはその下品なVTに似つかわしく激しいもので、僕はとにかく付いていくだけで精一杯だった。
往路は僕の運転の後ろでよっぽど我慢していたに違いない。

夕方、お互いの自宅近くまで帰ってきた信号待ちで、MR2クンは僕に声をかけてきた。


「なぁ!ウチにちょっと寄って行きぃな!」


特に用事もなかったので、僕は誘いに従った。

「飯でも食っていきぃな」と言われたのでお言葉に甘えた。


とくに進められもしなかったけど、ご飯は二度オカワリした。

MR2クンはそこで、昔のバイク関係の写真を見せてくれた。


その一枚に僕は飯を吹き出しそうになった。


そこには頭の天辺から足の先まで完璧な「大阪の正しいヤンキー」が笑っていた。


さて、この話にはちょっとした後日談がある。

他にも書いたが、Mさんは僕と同じ大学に通っていたので、ちょくちょくキャンパスでは顔を合わせていた。
ある日、学食で顔を合わせた僕らは、コーヒーを飲みながら何となくMR2クンの話題になった。

「あいつよぉメチャクチャ飛ばすんだぜ」とかそんな話をしたんだろう。

するとMさんはちょっと可笑しそうに顔を下に向けると
「あの人ね・・・私の実家まで来たことあるのよ。このあいだの春休みに帰省してる時」と言うとクスクスと笑った。

「へ??Mさんの実家って??山口まで??」
「うん。そう」とMさん。

「あいつMさんの実家の場所知ってたの?」と聞く僕に、Mさんは「それがね」とコトの顛末を可笑しそうに話してくれた。

もちろんMさんはMR2クンに実家の住所を教えたわけではなかった。


ただ何かの会話のついでに自分が高校生まで住んでいた場所の話でもしたのだろう。


そんな断片的な会話から、MR2クンはMさんが山口県岩国市の○○町の最初の○の部分までの住所を何とか自然に聞き出して、それを必死に記憶していたに違いない。

ある日の深夜。


彼は仕事明けにあの下品なVTでひたすら一般道を西に向かった。


明け方にMさんの住んでいるであろうと予想される町に着くと、深夜営業しているGSやコンビニの店員に「この辺にMさんという家はありませんか?」と聞いて回って、ついにMさんの実家の場所を突き止めたのだという。

家を捜し当てた彼は朝の7時にM家のインターフォンを鳴らした。

驚いたMさんはとにかく近所の喫茶店に一緒に行き、そこでMR2クンがここまで来た経過を聞かせてもらったらしい。

僕は内心舌を巻きつつ「へー・・で、あいつ何か特別に話でもあって来たの?」と、あの草原でのMR2クンの横顔を思い出しつつさりげなく聞くと、Mさんは「ううん。ただ一時間くらい喫茶店で話して、それからまた下道使って大阪まで帰ったみたい。仕事があるからって」と答えた。

もちろん聡明で優しいMさんが彼の気持ちに気が付かなかったわけはない。

僕はちょっとした感動に襲われていた。直情的ではあるけれど、なんてカッコイイんだMR2よ!


この話を読んで「なんだか非常識なヤツだな」としか感じないとしたら、それは僕の文章力の責任でもあるが、貴方は、貴方自身が間違いなく過ごした同じ時代のことをすっかり忘れてしまっている証拠だと僕は思う。

だって、僕が愚問だと思いつつ聞いたこの質問にMさんはこう答えたんだ。

「で、さ。Mさんはどう思ったの?MR2クンの急な訪問に?」

「うん・・・ちょっと驚いたんだけどね・・正直感動しちゃった」

何歳になってもオートバイは面白いけれど、僕はMR2クンのことを思い出すと、オートバイという乗り物が放つ輝きに相応しい年齢というのは間違いなくあるんじゃないか?とシミジミと思うことがある。

そして今でも時々街中を元気に走っている現役のVTを見かけると、あの真っ白な下品なVTと写真の中で笑っているヤンキー君を思い出さずにはおれないのだ。